現役で働いている救急救命士の話を聞いて見ました
24時間の激務を支えるのは、命を救いたい、信頼される救急隊員になりたいという気持ちです。
実際に救急救命士としてバリバリ働いているMさんに、お話を聞いてみました。
どうしてもなりたかった救急救命士に看護婦から転身
全国で救急救命士の免許を取得した人は1万5301人。
そのうち、女性で救急隊員として活躍している救急救命士は、まだそれほど多くはない。
救急隊員として全国でも救急救命士が多く勤務している東京消防庁でさえ、男性889人に対して女性は15人だ。
そのひとりのMさんは、「どうしても救急救命士になりたい」という強い気持ちで看護婦から転身した。
「看護士(婦)になる以前からテレビ番組でのレスキュー隊や救急隊の活躍を見るのが好きで、救急救命には興味があったんです」とMさんは言う。
看護士(婦)になったきっかけは、高校生のときに3歳下の妹が心臓の病気で入院したこと。
看護士(婦)さんたちの働く姿を見て、進路を決めた。
慶應義塾看護短期大学看護学科を卒業後、郷里の国立京都病院附属看護助産学校の助産婦科を卒業。
助産婦の資格を得た。
そして、京都の私立病院の産婦人科に勤務。
そのままずっと勤められるところだが、その前年に救急救命士の国家資格ができ、やはり以前から気になっていた救急の現場に行きたいという気持ちが募り、独学。
看護士(婦)資格を生かして受験し、合格した。
救急救命士の資格を取った後も病院での仕事を続けていたが、ペーパー救急救命士であることに焦りを感じ、また現場でひとりでも多くの人を助けたいという気持ちにせかされるように、北海道から沖縄までの自治体に電話をかけ、女性消防官の採用のあるところを探した。
そして、東京消防庁の試験に合格。
入庁してからは、半年間の寮生活で消防官としての訓練を受けた。
「技術的な勉強だけでなく、ランニングなどの体力づくりもあってなかなかきつかった」と振り返る。
体力勝負の仕事だから、腕が太くなった
転勤した昭島消防署では、Mさんは初めての女性救急救命士だった。
泊まり勤務で使う部屋もひとり。
「周囲が気をつかってくれているのがわかります」。
看護士(婦)として産婦人科に勤めていた経験もあって、現場でもそれほどあわてることはない。
昭島消防署は国道16号線に近く、交通事故の現場にもよく出動する。
激しい事故では重機が車を切断したり、取り除いたりする間、はさまれている人を励ましながら、応急手当てをすることもある。
勤務は朝8時半から翌朝の8時40分までと飢時間続く。
出動が多いときには、食事もトイレも後回しだ。
隊長が指令センターに掛け合ってくれて、夜11時すぎに10分くらいで遅い夕食を取ったこともある。
「トイレに一番ゆっくり行けるのは、病院に着いて患者さんを運び終えた後。
もちろん次の出動がなければ、ですけれど」。
救急隊員はまさに体力勝負の仕事だ。
東京消防庁では、通常は救急車1台に救急隊員2人と機関員と呼ばれる運転士の3人が同乗する。
エレベーターのない5階から体重の重い男性を運ぶときなど、小柄なMさんには最初はなかなかきつかった。
「機関員にも手伝ってもらって、3人がかりで対応します。やっぱり私と組んでいるほかの人たちには申し訳ないと思ってしまいますね」。
同乗する救急隊員たちに負担がかからないようにと、Mさんはときどき自分でも筋力トレーニングをしてきた。
「おかげで腕がすごく太くなりました」(笑)。
休みは勤務の翌日。
もちろん有給休暇は取れるが、ほかのメンバーに迷惑をかけることになるので取りにくい。
Mさんも趣味の旅行やスキーを楽しむ時間は減った。
「家族で旅行に行くときも、お姉ちゃんだけ置いていこうって言われていて」と苦笑する。
病院に搬送後、回復した女性からの手紙は宝物
救急救命士は知識や技術だけではなく、痛みに苦しんでいる人やパニックに陥っている人を安心させたり、家族など周囲の人にも対応したりと、人間性を問われる仕事でもある。
Mさんはさびしくて救急車を呼ぶお年寄り、病院への車替わりに救急車を呼ぶ若者など、さまざまな人たちに出会ったという。
「私たちは呼ばれれば出動しなくてはいけません。
でも、救急車の数は限られています。
自分でなんとかできる人に呼ばれることで、ほんとうに救急車が必要な人のところに行けなくなったら悲しいですね」。
つらいのは、病院が見つからないとき。
具合の悪い人を乗せた救急車を止めたまま指令室からの連絡を待つ間は、ほんの数分でもとても長く感じる。
でも、現場の救急隊員にはどうしようもないのだ。
逆に感激することもたくさんある。
前に搬送した人が回復したと病院で聞いたときには、やはりうれしいし、ほっとする。
「病院までの間、女性の救急隊員の人が励ましてくださって安心しました」という年配の女性からの手紙は、Mさんの大切な宝物だ。
Mさんは、この仕事ができるのはあと10年くらいだと考えている。
現場を離れた女性の消防官は消防の査察や火災予防の指導などの担当になることが多いが、できれば後輩の指導や救命講習など救急関係の仕事を続けていきたいと思っている。
それまで、ひとりでも多くの尊い命を救えるように努力したい、信頼される救急隊員になりたい。
救急救命士を目指したときからの気持ちは、少しも色あせていない。
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